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丑松洞門峡

この記事の場所

明治中期に丑松という法末の住民によって掘られたという120m程の手掘りの農業用隧道「丑松洞門」。震災前まではこの隧道を軽トラックが行き来して、山を越えた田んぼへ通っていたという。しかも、その軽トラックは狭い隧道を通れるようにちょっと改造していたという。
それだけの苦労、工夫をして守り続けてきた田んぼも、震災により再起不可能なほどの大きな被害を受けた。同時に、農道であった丑松洞門を整備する人もいなくなった。そのままにしておいてはいずれ風化して崩れてしまう。
地域の歴史である丑松洞門を守ろうと、住民と学生、ボランティアの手により扉と看板が整備された。丑松洞門は、ブナ林・モリアオガエルの池から続く、遊歩道の一角としてよみがえったのである。

場所
小国町 法末地区
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手掘り
法末
37.25999138.730921
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